戦後70年に想う。。

70年、て そう遠くないことのように思います。

なのに、今の私達の暮らしからは みじんも面影を感じません。

 

題名に見合うようなスケールの大きい記事は書けませんが、

ただ、今すぐにできることを。

戦争のことを思うこと。忘れないこと。風化しないように。

 

数年前に、旦那とサイパンに行ったことを思い出しました。

 

サイパン日本戦争

切っても切れない深い繋がりを感じます。

 

 戦跡ばかりが残るサイパン島。

 

f:id:oomirinaoo:20150806211830j:plain

 

当時の写真と想いを載せたいと思います。

ガラケーで撮ったので粗い画像お許しください。

 

------------------------------------------------

【マニャガハ島】

f:id:oomirinaoo:20150806212204j:plain

 

f:id:oomirinaoo:20150806212230j:plain 

サイパンの観光地、ガラパンにあるマイクロビーチ沖合いに、 マニャガハ島があります。

古くは、軍艦島と呼ばれ、旧日本軍の大砲が2基残されていました。

この景色とは相反する遺跡。

 

とても綺麗で波穏やかな島ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

白砂のビーチにエメラルドグリーンとサイパンブルーの海が広がっている。。

ただ、この のどかな景色が永遠に続きますように・・願わずにはいられません。

 

 

 【Birds Island】

f:id:oomirinaoo:20150806213456j:plain 
サイパン北東部、グロットより少し南下した所にバードアイランドがあります。

名前の通り、珊瑚礁の入り江にある小島に無数の穴があり、

そこに沢山の海鳥が生息しています。

 

展望のとても良い景勝地。

日本統治時代は、夜になると島の上に月が上がり、

とても綺麗だった事から "月見島" と呼ばれていたそうですぴかぴか(新しい) 

 

 

【カラベラケーブ 】

f:id:oomirinaoo:20150806213838j:plain 

バードアイランドで舗装道路が終わり、

更に獣道を南下した所にカラベラケーブがあります。

天然の大きな洞窟で鍾乳石が無数にたれています。

古代チャモロ人の壁画があり、戦時中は避難場所にもなっていたようです。

 

急な斜面を下る洞窟で 底なしの深さで洞窟内は真っ暗、 静寂。

ひんやりした空気が漂ってました。。

 

 

【スーサイドクリフの慰霊碑】

f:id:oomirinaoo:20150806214031j:plain

サイパンはかつて大きな戦地となった島。

特に北部は激戦地となり悲惨な戦争の傷跡も多くあり、

悲劇の舞台となった場所を身に沁みることができました。


近くにあった慰霊碑では献花・お線香をあげたばかりの煙が静かに空に昇っていた。。

その横で 猫が穏やかに毛づくろいをしている光景をみて、

今の平和な時間を噛み締めた瞬間でしたぴかぴか(新しい)

 

 

【バナデロ(旧ラスト・コマンド・ポスト)】

f:id:oomirinaoo:20150806215211j:plain

 

f:id:oomirinaoo:20150806214435j:plain

日本軍最後の司令部跡の中

自然の洞窟をコンクリートで固められた四角い部屋があり、

その壁には砲弾の穴がいくつも空いています。

 

f:id:oomirinaoo:20150806215829j:plain

洞窟の中から外を見ると、

他国の方達がテレビ撮影をしていました。

ここは現代人が忘れてはならない太平洋戦争の傷跡なのでしょう。。。 

 

f:id:oomirinaoo:20150806220111j:plain

広場には朽ちかけた戦車や大砲が残っています。

 

【おきなわの塔】

f:id:oomirinaoo:20150806221426j:plain

 

f:id:oomirinaoo:20150806221743j:plain

 

 

【バンザイクリフ】

f:id:oomirinaoo:20150806222030j:plain

太平洋戦争中、

追い詰められた日本軍兵士や民間人が 身を投じて自決した悲劇の岬、

「天皇陛下万歳」と叫んで身投げした事からこの名(バンザイクリフ)で呼ばれているそうです。

 

f:id:oomirinaoo:20150806225554j:plain

 

終戦前年の1944年、

島の南北両方から米軍に包囲され、

数千人のサイパン在住の日本人や兵士たちは、島の最北部に追いつめられ、、

「天皇陛下バンザイ」と叫びながら、高くせりでた崖から荒れ狂う海へと身を投げていきました。

 

次から次へと飛び降りてゆく日本人。

飛び降りた人の数は、なんと1000人以上。

そして、ほとんどの骨は上がらないまま、サイパンの海で眠っています。

 

バンザイクリフの近くにはたくさんの慰霊碑が海に向かって立っていました。

そのすべてが、日本に向かっているそうです。

f:id:oomirinaoo:20150806230129j:plain

 

戦争でサイパンで亡くなった人は6万人。

世界中探しても、こんなに小さな島で、これだけたくさんの人が死んだ場所はないそう。

 

太平洋戦争の激戦地として、

凄惨な戦闘でたくさんの日本人が命を落とした場所です。

もちろんアメリカ兵も、現地の人も、本当にたくさんの人が亡くなった。


まだ報われない

たくさんの魂がサイパンには いっぱい残っているはずです。

 

 

当時、観光で来たけれど、

こんなにも戦争の傷跡を感じるとは 思いもよりませんでした。 

人生で初めてだったかもしれません。

 

異国の地で実感するとは。

 

 

痛ましい歴史を ここ サイパンで少しでも感じられたことに感謝しよう。

Sponsored Link